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イエスの御霊にある自由
人が主(イエス)に向く(立ち返る)なら、
そのおおいは取り除かれ(剥ぎ取られ)るのです。

主は御霊です。そして、主の御霊のあるところに
自由(束縛からの解放)があります。
第2コリント3:16-17

御霊(聖霊)は、イエスを証しする霊です。
ですから、聖書はイエスご自身と御霊をほとんど同一視しています。

私たちは罪による霊的な死のために(創世記3:6-24)、
神と断絶した状態、すなわち霊的に死んだ状態で誕生します。

ですから、それ以来私たちは神なしで、
自分の「魂と体のみ」で奮闘努力して生きて来ています。
その生き方のパターンがパウロが何度も言っている「肉」です。

肉は、罪のもとで育成されていますから腐敗しています。
肉の生き方でどんなに善行に努めて来たとしても、
それは肉から出た自己流の行いであり、腐敗していると、
聖書は言います。

ですから、肉は死に渡すのみです。十字架で死ぬしかありません。
ガラテヤ5:24では、すでに肉は十字架につけられた、
と言っています。

このように聖書は、私たちの肉がキリスト共に死んだという、
霊的事実をはっきりと告げています。
この事実を認めた時、私たちは本当に解放されます。
そして罪のもとではあったけれど、
賢明に努力して来たことが益に変えられるのを
見るようにもなるでしょう。

しかしながら、霊的事実を認めず、今までの生き様に執着し、
その肉の生き方を何とか修正し、
良いものにしようと自己努力をすることは、
無駄な骨折りにしかなりません。
このために多くのクリスチャンが燃え尽き症候群に陥っています。
腐敗しているものが良くなることはないからです。

私たちの魂を支配しているこの肉が、
真理の御霊(ヨハネ16:13)から照らされる
霊的な光によってあらわにされるごとに、
その古い価値観や生き方などが十字架で終ったことを認め、
それを廃棄していくなら、(エペソ4:22,コロサイ3:9)
私たちの魂は聖書のことばによって再構成(再創造)され、
思い(思考)が造り変えられていきます。(ローマ12:2)

意志は神に対して柔らかくされ、
感情は神の愛で潤されて平安と安息に満ち、
思いは神のことばに沿った考え方が条件づけられていきます。
このようにして、心の中にキリストの形が造られ、
(ローマ8:29,ガラテヤ4:19)
私たちは自由にされていくのです。
これは、私たちの自己努力ではなく、
すべて主なる御霊の働きによってなされます。
(第2コリント3:18)

※平安がありますように!
思考をキリストに従わせる
私たちは肉にあって歩んで(生活して)いますが、
(ごく当たり前の弱さを持った人間であることは事実ですが、)
肉に従って戦うのではありません。
(人間的な計画や方策を用いて戦うのではありません。)

私たちの(思考における)戦いの武器は、
物的なもの(血肉のもの)ではなく、神に由来する力であって、
要塞を打ち倒し、破壊する威力のあるものなのです。

神の真の知識に対抗して逆う、様々な思弁(議論、論説、理屈、
思想)とあらゆる高ぶりの一切を打ち退け、
あらゆる思惑とその目的をとりこにして、
私たちの思考をキリストに従わせなさい。
第二コリント10:4-5

私たちを問題に誘い込むのは、その思考です。
イザヤ55:8で神は、「わたしの思いは、あなたがたと異なり・・」
と記されました。私たちがどのように考えようと、
神様はご自分の考えを、聖書という本に記され、託されたのです。

自分の考えを常に聖書と照らし合わせ、
神様の考えこそが最も優れている(最善だ)と信じ、
その考えに自分の考え(思考)を従わせる用意がなければなりません。
「でも、だって・・」と、自分を弁明し始めると、
混乱が入って来ます。賢明な判断が難しくなります。

私たちは自分が何に基づいて考えているかを
よく調べる必要があります。
それが、神様の考え(聖書)と一致しないなら、
いさぎよく自分の考え方を退けましょう。

勝利の近道は、神様の思考に基づいて考えることです。

※平安がありますように!

ただ神を待ち望む
私の魂は黙って、ただ神を待ち望む。
私の望み(救い)は神から来るからだ。

神こそ、我が岩、我が救い、砦の塔。
私は揺るがされることはない。
私の救いと私の栄光(栄え)は、神にかかっている。
私の力と頼み、避け所は、神のうちにある。

民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。
あなたがたの心を神の前に注ぎ出せ。
神は我らの避け所である。
詩篇62:5-8

※平安がありますように!
信仰によって守られている生きる希望・天の財産
第一ペテロ1:3-5
私たちの主イエス・キリストの父なる神が
誉め賛えられますように。

神は豊かな憐れみにより、死者の中から
イエス・キリストを復活させることによって、
私たちを新しく生まれさせ、
生ける望み(生き生きとした希望)を与え、

また、あなたがたのために天に蓄えられている、
朽ちず、汚れず、しぼむことのない財産を
受け継ぐ者として下さいました。

あなたがたは、
終わりの時に現されるように準備されている
(終局の)救いを完全に受ける(受け継ぐ)ために、
神の力により、信仰によって守られているのです。

※平安がありますように!
私は誰? 何者?
モーセは神に申し上げた。
「私はいったい何者なのでしょう。・・」
神は言われた。
「わたしは(必ず)あなたと共にいる。これこそが、
あなたのための(あなたを遣わす)しるしである。」
出エジプト記3:11,12


※記憶を失った人の苦しみ

アルツハイマーになった人の戦いが何であるかご存知ですか?
それは、「自分が誰か?」が分からない苦しみであり、
自分が何者か?」を忘れまいとする戦いです。

私たちも、自分が誰であり、何者なのかと
疑問に思ったことがないでしょうか?
この疑問に対する答えを得ない限り、
またこのことで不安になる時、それについて確認しない限り、
私たちは決して幸せな人生を歩めません。
モーセも神に対して尋ねています。
神の答えは、
「わたしは必ずあなたと共にいる」でした。
神はヨシュアにも言われました。
「わたしはモーセ共にいたように、あなたと共にいる。」
「あなたがどこへ行ってもあなたの神、主は共にいる。」

ここに、私たちの真のアイデンティティを知るための
重要な手掛りがあります。
私たち人間は神によって造られた者で、
神の御心の道を「神と共に生きる者」です。
このことを信じる時に、私たちの人生は希望に満ち、
夢を持つことができます。
たとえ、辛いことがあっても、「私は神の御手の中にある」と、
確かな平安を得ることができます。(参考:ディリーブレッド)

※平安がありますように!
私たちの一歩一歩を支える神
主(神)は人(神を信じる者)の一歩一歩を定め、
御旨にかなう道を備えて下さる。
人は倒れても、打ち捨てられるのではない。
主がその手をとらえていて下さる。
詩篇37:23-24

※平安がありますように!
祝福は取り消すことができない

神は人ではないから、偽ることはない。
人の子ではないから、悔いることはない。
神は言われたことを、なされないことがあろうか。
告げられたことを、成就されないことがあろうか。

見よ、祝福せよ、との命令を私(預言者)は受けた。
神の祝福されたものを私が取り消すことはできない。
民数記23:19-20


※ 参考:エペソ1:3
「神は、私たちをキリストにおいて、
天のあらゆる祝福で満たして下さいました。」
私たちはすでに祝福の中にいます!
この聖句を心に充満させましょう。

平安がありますように!
新しい始まり
以前のことを(一生懸命に)思い出してはいけません。
古いことも思案してはいけません。

見なさい。わたし(神)は新しいことをしています。
今、もうそれが起ころうとしています。

あなたがたはそれに気づき、悟り、それに注意しないのですか。
わたしは荒野に道を、砂漠に川さえ設けるのです。
イザヤ43:18-19


平安がありますように!
報いてくださる神
信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。
神に近づく者は、神がおられることと、
神を求める者には報いて下さる方であることとを、
信じなければならないのです。
ヘブル11:6



この世の必要もみな、祈りの中で主の前に持って行きましょう。
願いを述べるだけでいいのです。・・
すぐに祈りがきかれなくても、失望してはなりません。
あきらめずに忍耐をもって信じ祈り続け、主を待ちましょう。
祈ったことが本当に善となり、
主の栄光となることに確信を持ちましょう。
主イエス・キリストの尊いみわざを根拠にして
疑うことなく信じていれば、
ついには祝福を得るようになります。
・・また、答えの与えられる時や状況を
自分で定めたりすることなく、
祝福が与えられるまで祈り続けるべきです。
祈って行く中で、絶えず忍耐が試されます。
答えられるまで、祈りの答えを注意深く求め、期待すべきです。
◉祈り
天の父なる神様。私は心と魂の限りを尽くしてあなたを信じます。
イエス様の御名によってあなたにお願いします。
私の願いや考えをはるかに越えて、
あなたは豊かにお与えになることができます。
今、祈りの答えを待ち望んでいます。
どうか、私を忍耐強くし、
信仰が揺り動かされることのないように助けて下さい。アーメン。
(ジョージ・ミュラー「信仰」)


平安がありますように
私の道を完全にされる神
神、その道は完全。主のみことばは純粋。
(火で練り清められている。)
主はすべて彼に身を避ける(寄せる)者の盾(となって下さる)。
まことに、主のほかに誰が神であろうか。
私たちの神を除いて、誰が岩であろうか。
(私たちの実存の根源、根拠、理由となる方は、
私たちの神以外にない。)

この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。
彼は私の足を雌鹿のように速くし、私を高い所に立たせて下さる。
戦いのために私の手を鍛え、
私の腕を青銅の弓をも引けるようにされる。
(引く力を帯びさせて下さる。)
詩篇18:30-33

平安がありますように!